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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20309号 判決

原告

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

橋本徹

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

広田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

島田邦雄

田子真也

被告

株式会社つくば銀行

右代表者代表取締役

高瀨昌明

右訴訟代理人弁護士

海老原信治

原告補助参加人

ジャパンメディアシステム株式会社

右代表者代表取締役

富樫泰章

右訴訟代理人弁護士

菅野庄一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一五七六万九三五〇円及びこれに対する平成七年五月一一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、約束手形の振出人である原告補助参加人から手形金の支払委託を受けていた原告が、右支払委託が撤回されたのに、右手形を割引取得した被告からの支払呈示を受けて送金してしまったため、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、送金した手形金相当額の金員の返還及びこれに対する民法所定の法定利息の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実等(認定事実には証拠を掲げる。)

1  原告(以下「原告銀行」という。)及び被告(以下「被告銀行」という。)は、いずれも銀行業を営む株式会社である。

2  原告補助参加人(以下「補助参加人」という。)は、平成七年一月三一日、原告銀行室町支店を支払場所とする別紙手形目録記載の手形二通(以下「本件各手形」という。)を含む約束手形七通を振り出し、パステルサービス株式会社(以下「パステルサービス」という。)に交付した。

3  三愛工業株式会社(以下「三愛工業」という。)は、被告銀行取手支店に対し、平成七年四月二〇日、本件各手形の割引を依頼し(証人篠崎博)、被告銀行取手支店は、原告銀行室町支店に対し、平成七年四月二六日、本件各手形の信用照会をした。

4  平成七年四月二七日午前一〇時ころ、補助参加人代表取締役富樫泰章(以下「富樫」という。)は被告銀行取手支店に電話を掛け、篠崎博貸付代理(以下「篠崎」という。)に対し、本件各手形は詐取されたものであるとの内容を伝えた。

補助参加人の代理人となっていた弁護士菅野庄一(以下「菅野」という。)は、平成七年四月二七日午後一時過ぎころ、被告銀行に電話を掛け、篠崎に対し、本件各手形は詐取されたものであること、本件各手形に対し仮処分決定が出されている等の内容を連絡した。

5  被告銀行は、平成七年四月二七日、本件各手形を三愛工業から割り引いた上で、翌二八日、本件各手形を被仕向直送手形(手形交換所を通さない取立)として原告銀行に送付し、平成七年五月一日、本件各手形は、原告銀行に到着した。

6  補助参加人は、原告銀行に対し、平成七年五月九日、翌一〇日を満期日とする、補助参加人振出の本件各手形を含む約束手形六通について、もし支払呈示がされたら不渡異議申立手続きをとるとして、支払委託を撤回する旨の申出をして、右各手形について補助参加人の原告銀行に対する支払委託を撤回した(証人南由三、補助参加人代表者)。

7  富樫は、平成七年五月一〇日午後一時ころ、原告銀行に来店し、本件各手形を含む三通の約束手形について、詐取を理由として不渡異議申立手続きをした。

ところが、原告銀行は、平成七年五月一〇日午後一時四分から六分ころ、補助参加人による支払委託の撤回を看過して、本件各手形について決済として被告銀行に入金通知を発信し、本件各手形の手形金相当額合計一五七六万九三五〇円が被告銀行に送金された(以下「本件送金」という。)(証人間宮重男、証人南由三)。

8  原告銀行は、被告銀行に対し、平成七年五月一〇日午後三時過ぎころ、入金取消に応じるよう電話連絡をしたところ、篠崎は、原告銀行に対し、平成七年五月一〇日午後三時四五分ころ、「融資絡みであるため、相談の上再度連絡する。」旨回答した。その後の平成七年五月一六日、被告銀行は、原告銀行に対し、右資金の返還には応じられない旨の回答をした。

二  争点

原告銀行から被告銀行に対する本件送金は、法律上の原因を欠くと認められるか。

三  争点に対する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 原告銀行は、補助参加人から、平成七年五月九日付で支払委託を撤回されていたにもかかわらず、それを看過して、平成七年五月一〇日、誤って被告銀行に本件各手形の手形金相当額を送金したものであり、被告銀行に対して支払った右手形金相当額は、原告銀行の錯誤に基づき法律上の原因なくして支払われたものである。

すなわち、支払銀行による送金は、あくまでも振出人からの支払委託が存在することによって、振出人にとって弁済としての性格付けがされるにすぎない。したがって、支払委託が撤回されることによって、振出人の弁済をしないという意思が明白になった場合には、たとえ、支払銀行による送金が、支払委託の撤回を看過したためであったとしても、これを受領した所持人である被告銀行において一方的に右送金を振出人の手形債務の弁済とみなすことはできないと解すべきである。また、被告銀行において振出人に対して手形債権を有しているからといって、送金の時点には支払委託が存在せず、しかも、送金されたのは支払銀行である原告銀行の資金であったのであるから、被告銀行において一方的に右送金を自己に対する給付とみなし、債務の弁済に当たるとして、これを保持する権限が生じたとすることはできない。

なお、被告銀行は、平成七年五月一〇日の本件送金時において、補助参加人から、本件各手形についての支払委託が撤回されていたことの通知を受けており、右送金が本件手形債務の弁済としての効力を有せず、手形決済の裏付けのない法律上の原因を欠く誤送金であることを認識していたから、本件各手形金保持は、悪意の不当利得にあたる。

(二) 本件各手形の所持人である被告銀行は、本件各手形を割引により取得する前日の平成七年四月二七日、富樫及び菅野から、本件各手形の原因関係が詐欺によること及び補助参加人は本件各手形を決済しない旨の通知を受け、補助参加人との間で、本件各手形を割り引かない旨の合意をした。

したがって、仮に、被告銀行が本件送金を本件各手形の決済資金として受領したとしても、本件各手形を割り引かない旨の合意に反して本件各手形を取得した以上、振出人である補助参加人に対して、本件手形金の受領権限を主張することはできない。

(三) 本件各手形は、日本データー機器株式会社(以下「日本データー機器」という。)が子会社である株式会社エヌ・デー・ケイ・シャープ(以下「シャープ」という。)から継続的に購入するゲーム機用基盤の代金決済方法として、補助参加人が振り出し、パステルサービスが裏書した上で、シャープに対し、その親会社である日本データー機器振出の約束手形(額面額は、本件各手形額面額に三パーセントの売買益を上乗せしたもの)の交付と引換えにシャープ本社において交付したものであるところ、右振出、裏書の当日、日本データー機器は、和議申請及び弁済禁止の和議開始前の保全処分申立をした。補助参加人の本件各手形の振出、パステルサービスの裏書は、いずれも、日本データー機器と一体となったシャープの詐欺によるものであり、また、右各振出、裏書には要素の錯誤があるものというべきである。

その後、シャープは、本件各手形を金員の融通を受ける目的で酢谷を通じて三愛工業に交付した。三愛工業は、酢谷忠(以下「酢谷」という。)から、割引に出すように依頼されて本件各手形の交付を受けたにすぎず、固有の経済的利益を有していなかった。

そして、被告銀行は、本件各手形の前記成因を知らされながら本件各手形を割引取得してしまったものである。

そこで、右事実経緯に基づき、次のようにいうことができる。

(1) パステルサービスによる本件各手形の裏書は、要素の錯誤により無効である。そして、酢谷及び三愛工業は専ら取立目的で本件各手形の交付を受けたもので独立した固有の経済的利益を有しない。被告銀行は、右錯誤を知っていた。したがって、本件各手形の権利者はパステルサービスであって、被告銀行は本件各手形上の権利を取得していない。よって、被告銀行の本件各手形金保持には法律上の原因がない。

(2) 仮に、被告銀行が本件各手形上の権利を取得したとしても、被告銀行は、前記各詐欺、錯誤のため、補助参加人が手形金の支払を拒むことが確実であるのと知った上で本件各手形を取得したものであるから、手形法一七条ただし書の抗弁又は一般悪意の抗弁の対抗を受けるべき地位にあり、振出人である補助参加人に対し、本件各手形金を請求することができない。したがって、本件各手形金を保有する法律上の原因を欠く。

2  補助参加人の主張

(一) 原告銀行の本件送金は、補助参加人による支払委託の撤回によって、手形金支払の効果意思を欠いたものであり、手形債務の弁済とみることはできないから、法律上の原因を欠くものである。

(二) 本件各手形は、いずれも振出人である補助参加人から原因関係上の抗弁の対抗を受けるシャープが所持し、シャープから三愛工業に交付された。このとき、本件各手形は、酢谷の「取立に出せ。」との指示を受けて、シャープから三愛工業に対して交付されたものであるから、三愛工業とシャープとの間には、本件各手形の交付原因たる何らの取引関係も存在せず、三愛工業は人的抗弁の切断を主張し得る固有の経済的利益を有していない。

また、補助参加人から事前に詳細な事情説明を受けた上で、三愛工業から本件各手形を割り引いた被告銀行も、人的抗弁の切断を主張し得ない。

したがって、被告銀行が本件手形金請求権を有しない以上、本件送金は法律上の原因を欠くものである。

3  被告の主張

(一) 本件各手形は、原告銀行において手形の満期日に決済され、その金員が原告銀行により送金されて被告銀行に到達したのは、満期日の午後一時〇六分である。

その後において、補助参加人から手形支払停止届が原告銀行室町支店に提出され、支払停止となったのは満期日の午後二時四五分である。

したがって、本件各手形決済時点においては、支払委託の撤回はなされておらず、本件送金が法律上の原因を欠くとはいえない。

(二) 仮に、本件送金前に支払委託の撤回がなされていたとしても、以下の理由により、やはり、本件送金が法律上の原因を欠くとはいえない。

支払委託の撤回が、「被詐取」、「契約不履行」などの事故を理由とする場合には、手形上の義務者である振出人ひいては支払担当者が、手形の所持人からの手形金支払請求を拒絶できるのは、所持人が直接の相手方であるとき又は手形法一七条のただし書の人的抗弁を主張し得るときに限られる。

しかるに、本件では、本件各手形の所持人である被告銀行は、振出人である補助参加人と直接取引をした相手方ではなく、また、被告銀行には、次のとおり、手形法一七条ただし書の「害意」があるとはいえないから、支払担当者である原告銀行は、手形所持人である被告銀行からの請求を拒絶し得ない地位にあったのであって、本件送金を受けたことが、手形の所持人である被告銀行の不当利得となることはない。

(三) 被告銀行に、「害意」があったといえないことは次のとおりである。

(1) 被告銀行と補助参加人はまったく取引がなく、被告銀行が補助参加人振出の手形を割り引くことも初めてのことであった。

(2) 他方、被告銀行と三愛工業とは長年の取引関係にあり、本件各手形の割引額も通常月の手形割引の範囲内のものであった。

(3) したがって、富樫及び菅野から被告銀行に対して、本件各手形が詐取によるものであるとの連絡があったからといって、それのみをもって、手形の悪意の取得者とはいえないし、また、債権者を害することを知って手形を取得したともいえない。

(四) 原告銀行は、受託手形が不渡りの場合は、不渡りになった手形を委託銀行である被告銀行に返却する義務があるところ、受託手形と送金額は対当な価額の関係にあるから、被告銀行に利得はなく、不当利得は成立しない。

(五) 仮に、被告銀行に不当利得返還義務があるとしても、本件各手形の返還を受けるのと同時履行の関係にある。

(六) 原告銀行が支払委託の撤回を看過して手形決済通知をし、また、送金したことについては、取引における信義誠実の原則ないし禁反言の原則及び銀行の使命と性格に鑑み、原告銀行がその責任を負うべきであって、被告銀行が責任を負ういわれはない。

第三  当裁判所の判断

一  証人南由三、証人飯塚幸雄及び証人篠崎博の各証言並びに補助参加人代表者の供述を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  三愛工業代表取締役飯塚幸雄(以下「飯塚」という。)は、幼なじみである酢谷から、平成七年四月二〇日以前に、本件各手形の割引を依頼され、その担保として本件各手形を裏書取得した。

2  飯塚は、本件各手形の取得当時、本件各手形の振出人である補助参加人や、受取人のパステルサービス、シャープ及び日本データー機器株式会社のいずれの会社も知らなかった。

3  飯塚は、これまでにも酢谷から手形の割引を頼まれることがあったが、手形の割引に関して、酢谷から迷惑を掛けられたことはなく、また、酢谷と飯塚とは親しい間柄であったこともあって、本件各手形の素性について特に酢谷に尋ねることはしなかった。そして、飯塚が、酢谷から割引を依頼されたときには、銀行に割り引いてもらう前後に、銀行の割引手数料及び酢谷の三愛工業に対する金利相当額を差し引いた金額を何回かに分けて、酢谷に送金しており、本件各手形の手形金についても、被告銀行に割引してもらう前に、酢谷に対して一部送金がなされていた。

4  飯塚は、被告銀行に対し、平成七年四月二〇日、本件各手形の割引を依頼した。

5  被告銀行は、三愛工業と長い取引関係があり、最近三、四年は、毎月一〇〇〇万円以上の手形割引を依頼されており、かつ、本件各手形の割引は、通常月の割引額の範囲内のものであった。

他方、被告銀行と本件各手形の振出人である補助参加人とは全く面識はなく、被告銀行が、補助参加人振出の手形を割り引くことも初めてのことであった。

6  そこで、被告銀行の事務担当者益子は、本件各手形の支払銀行である原告銀行に対し、平成七年四月二六日、振出人である補助参加人の信用照会をした。その時に、電話で応対したのは、原告銀行の南であり、南は益子に対して「資金繰りが忙しくなっている。」「日本データー機器の倒産に巻き込まれている。」との回答をした。

7  富樫は、平成七年四月二七日の午前中、篠崎に対し、電話を掛け、本件各手形は詐取されたものであるから、被告銀行が本件各手形を割り引かないよう依頼した。

そこで、篠崎は、飯塚に対し、電話を掛け、本件各手形について、商業取引の裏付けのある手形であるか否かを確認したところ、飯塚から、その旨回答を得たため、上司と相談して、本件各手形を割り引くことの決済を受け、右割引を実行した。しかし、実際には、本件各手形は、飯塚が酢谷に対する融通の担保あるいは弁済方法として取得したものであって、商業取引の裏付けのある手形ではなかったこと前記のとおりである。

8  その後、飯塚は、酢谷に対し、「本件手形は、大丈夫なのか。」と確認したところ、酢谷から、「騙して手に入れた手形ではないし大丈夫だから割り引いてくれ。だめなら異議供託か不渡りになって落ちないだろう。」と言われた。そこで、飯塚は、本件各手形が落ちるか否かは五分五分だと思い、本件各手形が落ちなかったときは、既に送金していた金員を返還してくれるように酢谷に頼んだ。

9  菅野は、平成七年四月二七日の午後、篠崎に対し、電話を掛け、本件各手形は、詐取されたものであること、右手形については、仮処分決定がなされているので右仮処分決定書の写しをファクシミリで送信したい旨話したが、既に本件各手形の割引決済を済ませていた篠崎は、菅野からの右申出を断った。

二  以上の認定事実を前提に原告銀行及び補助参加人の主張について検討する。

1  まず、原告銀行及び補助参加人は、振出人である補助参加人からの支払委託の撤回があった以上、原告銀行の本件送金は、本件各手形の弁済としてなされたものといえないから、本件送金は法律上の原因を欠くと主張する。

しかし、本件においては、原告銀行は、補助参加人による支払委託の撤回を看過したとはいえ、本件各手形についての決済として入金通知を発信し、被告銀行に対して本件各手形の手形金相当額を送金をしていることは、前記争いのない事実等のとおりであるから、補助参加人の支払委託の撤回の有無にかかわらず、本件送金は、本件各手形の手形債務の弁済としてなされたと認められる。

また、支払委託の撤回は、手形振出人・支払人間においては自由になし得るとしても、手形がいったん振り出された以上、手形金の受領権限は証券に表章されて流通するものであるから、支払委託の撤回という振出人の一方的な意思表示のみで、手形所持人の受領権限を消滅させることはできない。

そうすると、右いずれの観点からも、本件送金が、支払委託の撤回を看過してなされたものであったことによって、法律上の原因を欠くことになるとは認められない。

2  次に、原告銀行は、被告銀行は、振出人である補助参加人との間で本件各手形を割り引かない旨の合意をしたにもかかわらず、右合意に違反して本件各手形を取得したのであるから、振出人である補助参加人ひいては支払担当者である原告銀行に対し、本件各手形の手形金の受領権限を主張できないとして、本件送金は、法律上の原因を欠くと主張する。

この点、補助参加人代表者は、前記争いのない事実等4記載の平成七年四月二七日に被告銀行取手支店に電話を掛けた際、篠崎が「本件各手形は割り引かないことにしました。」との回答をしたと供述している。

しかし、証人篠崎博は、補助参加人との間で本件各手形を割り引かないとの約束をしたことはないと明言している上、前記認定事実を前提とすれば、被告銀行が、長い取引関係がある三愛工業から、通常月の範囲内の割引を依頼されているにもかかわらず、これまでに取引関係のない補助参加人からの電話連絡のみによって、補助参加人に対し、本件各手形を割り引かない旨約束することは、通常考えられない。

したがって、補助参加人代表者の供述のみをもって、被告銀行が補助参加人との間で、本件各手形を割り引かない旨の合意をしたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。よって、その余の点について判断するまでもなく、原告銀行の右主張は採用できない。

3  さらに、原告及び補助参加人は、被告銀行及び三愛工業が手形法一七条ただし書の「害意」を有していたこと、もしくは、被告銀行が「害意」を有し、かつ、三愛工業が固有の経済的利益を有していないことを理由として本件送金は、法律上の原因を欠くと主張する。

(一) まず、三愛工業の本件各手形の取得原因についてみるに、銀行取引約定に基づく金融機関による手形割引は別として、一般に手形の割引とは、手形を担保あるいは支払手段として金員を融通することを指すものと解されるところ、なるほど、証人飯塚幸雄の証言中には、酢谷から、「銀行に割引を頼んでくれと依頼された」として、自らが割り引くのでないかのような表現をする部分もあるが、他方、それまでにも、三愛工業は酢谷から手形の割引を頼まれたことがあり、現に、本件各手形を酢谷から取得するにあたっては、本件各手形の額面の一部ではあるが、本件各手形を被告銀行に割り引いてもらう前に、自己の金銭を支出していることは前記認定のとおりであるから、三愛工業の本件各手形の取得は、酢谷に対する消費貸借を原因関係とするものであって、単なる取立委任ではないと解され、したがって、三愛工業が人的抗弁の切断を主張し得る固有の経済的利益を有していなかったということはできない。

(二) そこで、次に、三愛工業の「害意」について検討するに、原告銀行主張の詐欺もしくは錯誤の成否はともかく、飯塚が、本件各手形の振出経緯について知らされていたことは窺えないのであって、本件各手形取得時点において、三愛工業が、本件各手形振出の原因行為が詐欺もしくは錯誤によるものであることを認識していたと認めるに足りる証拠はなく、三愛工業に「害意」があったとすることはできない。

(三) また、被告銀行の「害意」の有無について検討するに、手形法一七条ただし書の「害意」とは、手形取得時点において、手形の取得者が、満期日に振出人もしくは支払人が手形金の支払を拒み得ることが確実であり、かつ、拒むことが確実であるとの認識を有していることをいうところ、前記認定事実によれば、被告銀行が、本件各手形の取得時において、「害意」を有していたとまで認めることはできない。

なお、菅野からの電話は、割引が実行された後の事情であるから、「害意」の有無の判断には影響しない。

(四) 以上のとおりであるから、三愛工業に手形法一七条ただし書の「害意」が認められない以上、三愛工業から本件各手形の割引を受けた被告銀行の「害意」の有無にかかわらず、被告銀行に本件各手形について手形金の受領権限があることは明らかであるから、本件送金が法律上の原因を欠くと認めることはできないし、また、被告銀行に「害意」が認められないという点からも、本件送金が法律上の原因を欠くとはいえず、原告銀行及び補助参加人の主張は採用できない。

4  なお、原告銀行は、被告銀行が補助参加人から一般悪意の抗弁を対抗される関係にあったと主張するが、その根拠とする事実は、手形法一七条ただし書の「害意」の有無の判断における事実と同一のものにすぎず、被告銀行の認識内容は前示のとおりであるから、原告銀行の右主張も採用できない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本光一郎 裁判官坂本宗一 裁判官和波宏典)

別紙手形目録〈省略〉

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